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なごと

好きなものと猫とトイレ

醤油皿程度の器の大きさ、難儀。

いきなりこんなこと言われてもと思われるでしょうが、

 

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うちの可愛いこのこ、便秘気味なんです。女子だから?

 

「うんこためると固くなって、出すとき苦しむし、最悪痔になるよ

と、体験談をもとに、よく声をかけてはいるのですが、こちらの心配はよそに、ためて出すタイプの女子のようで。

 

そんなかんじなので、にゃんとも清潔トイレにこんもり猫砂の山ができ、隙間からコロコロした茶色い物体がみえると

「うんこでたね~♡すっきりしたね~♡」

 とべた褒めしちゃうんですよね。 

そして、今日も2日ぶりのコロコロしたそれを見た時にもちろんべた褒めをしたんですが、ふとこう思ったんですよね。

 

「私だって褒められたい」

って。

さすがにこの歳になって、排便を褒められるのは気持ち悪いですし、そんなことで褒めてくれる大人もそこそこやばいなとは思うので、もっと他の部分で褒められたいなって。ていうかうんこしただけで褒められるなら、毎日褒められてます。

 

さて、またここで突然ですが、最近、誰かに褒めてもらいましたか?

年度末を迎える方が多いこの時期。多忙を極める中で、人の心に余裕がなくなり、荒んでいく時期でもあります。 

私自身も、なんとなくいつもより忙しく、黙って仕事をしてるため、家に帰って「あれ、今日だれかと喋ったっけ?」と1日を振り返ることもしばしば。

 

でも冷静になって思い返してみるとあの人のあの一言、あの文面で、げんなりしてた気分が持ち返したなみたいな瞬間があるんですよね。きっと忙しさを理由に、そんな嬉しい瞬間を見落としてしまっているんです。もったいないことこのうえない。ちゃんと見てくれてる人がいるのにその人の気持ちも無駄にしてるんですよ。

 

とはいえ、忙しい現実は変えられないし、自分のキャパも即座に大きくできるわけでもない。となると刺身醤油皿程度の器の大きさの私にとって、心の余裕を持つっていうこと自体がとても難しいことなんだなあと。

 

でも、仕事にしろプライベートにしろ、自分のことを見てくれてるひとの言葉に耳を傾け、一旦素直に受け止め立ち止まることで、醤油でべとべとになった器のふき取りくらいはできるのかな、とふと思いました。

 

なんで猫の便秘とうんこの話からここに行きついたのか、自分でも良く分かりません。

でも私が言いたいのは、痔になったときの便意は地獄ということ、

ではなく

心にゆとりを持たせるのも大変だけどやっぱり大事ということです。