なごと

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愛は世界を救うって割と本当なのかもしれない

何度味わってもスリルしかない、収入がただただ減り続ける生活を送っております、クリスです。年金と保険料の徴収が死の宣告にしか思えません。

 

とはいえ、割とイキイキと元気に生きているのは、自分が納得できることに少しずつ取り組めているからだと思っています。以前、会社勤めをしていた時は、目が死んでるっていわれていたので、今の状況は自分にとってプラスなのかなと感じているところです。

 

なぜこう感じているのか、今回はコンテンツへの「愛」というテーマでほんの少しお話させてください。

発信することへの罪悪感

私は、つい最近まで広告業に携わっていました。社内で広告用の記事を書いたり、バナーを作ったりする業務を担当し、日々めまぐるしく働いてきました。忙しくも、メリハリつけて働き、業務に偏りが出ないようチーム内で協力体制を整え、その中で信頼関係を築けたことは本当にありがたく、仕事に向かう気力にもなっていました。

 

でも仕事を辞めたのは、仕事内容に疑問そして罪悪感が拭えなかったからです。詳細はいわゆる守秘義務ってやつで言えないんですが、「自分がいいと思ったもの」ではないものを、良く見せるためにコンテンツを作ることに嫌気が指したんです。要はコンテンツ作りに「情熱」や「愛」を注げなかったんです。そしてそんなものを世に発信することに毎日苦しむことに耐えられなくなり辞めました。

 

コンテンツづくりに「愛」を注ぐことの大切さ

今でこそこんな風に言っている私ですが、WEB関係のお仕事に携わるようになった当初は、右も左もわからず、いわれたことをきちんとこなすことで「できるようになった」と思っていました。というより、現在進行形で勘違いしている節もあります。

 

でも始めた頃との大きな違いもあります。それがコンテンツへ注ぐ「愛」です。

 

私は、情報を発信する立場に立つということは、その発信する内容に「責任」を持つことだと思っています。バックに広告主がいたとしても、コンテンツをつくる側にもきちんと発信する責任があるはずです。そしてこの「責任」を果たすためには、「愛」が必要なんです。「愛」をもってコンテンツと向き合うためには、まずはとことん知りたいという部分から始めないとなりません。そして、こうしたらいいんじゃないかと企画を考え提案したり、クライアントと相談したりたまには言い合ったりして、自信を持って世に送り出してあげるくらいの心持ちがないと、情報を発信してはダメだと思うのです。

 

いわれたことだけをやっていた頃は、自分のコンテンツに対してなんの責任感ももっていませんでした。むしろ最終責任は会社が持つという言葉を信じ、別になんとも思っていない、胡散臭いものをよく見せるためのコンテンツを作っていました。でもそんな姿勢は、会社が責任持ってくれたところで、それを見たユーザーの立場に立てば間違いであることは一目瞭然。だから、つくるコンテンツに誠心誠意向き合って、「自分がユーザーだったら」という気持ちを大切に、今は仕事をしています。

 

愛のあるコンテンツは面白い

私は、いろんなメディアの記事やブログを読むのが好きです。色んな人が頭を抱えながら作り上げたものを見るのは、例え意見が違ったとしても、「こういう見方もあるんだなあ」と受け取ることができます。

 

そして最近は、pixivにハマっています。もうここ天国です。「愛」に溢れててどうしようって言うくらい幸せな空間です。

 

オリジナル作品はもちろん、マンガやアニメの二次創作など、ありとあらゆるものを愛する猛者たちが発信するコンテンツに、毎日「ありがとう」を叫びたくなるのです。正直今まで良さを理解できなかったBLジャンルも、あまりの美しさに見とれるほど。

 

毎日飽きずにいろんな作品を見ては、ワクワクさせられているのって、きっと作家さんが自分の作品にきちんと「愛」を込めているからなんですよね。二次創作の作品なんか、ほんとに凄いですよ。「愛」はこんなにも人の想像をかきたて、新しい作品を産みだすんだなと思うと、「尊い…」ってなります。

 

少なくともpixivにアップされる多くの作品やメディアの記事などの「愛」に私は毎日救われています。楽しい毎日をありがとうございまぁぁぁぁあああああああす!!!って感じです。

 

きっかけは「愛」みたいなコンテンツ

長々と書いてまいりましたが、ようやくまとめです。これでフリーライターやってます。ごめんなさい。

 

偉そうに色々と語ってまいりましたが、仕事は少しずつって感じなので、駆け出しもいいところです。なので、クラウドソーシングにもやっぱりお世話になってます。ただ、案件選びは超慎重にしているのでほぼ活用できていない状況です。でも最近良く見かける依頼に「ユーザーのためになる」「ユーザーの役に立つ」という文言があります。これ、正直おこがましいなって思うんですよね。いや、役に立つ情報って確かに必要だけど、なんというか、きっかけくらいでいいと思ってるんです。

 

役に立つ情報を書こうと思えば、今の時代ネットからいくらでも情報は引っ張ってこれます。でも、「楽しい」「面白い」という感情や体験の部分は、どうしても引っ張ってくるのに限界があります。というよりSNSの埋め込みや口コミなどで塗り固められたコンテンツに私が魅力を感じないというのもあるんですが、やっぱり書いた人の体験や感情、人柄や愛がにじみ出ているコンテンツは見ていて飽きることはありません。

 

だからこそ、「役に立つ」よりも「やってみた」「この感動共有したい」という行動に繋げられるコンテンツが今求められているような気がしています。やってみたいからやってみたへ繋がるきっかけになるような、私はそんな「愛」が伝わるコンテンツを作っていきたいと思うのです。