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なごと

好きなものと猫とトイレ

気持ちは気持ちやろ?

2017年もあっという間に1ヵ月が過ぎようとしています。爆速。

ちなみに1月も3週目、ようやく行った初詣。一人で引いたおみくじは『末吉』。特段凹みもしないのは、毎年末吉のような人生を歩んでいるからだと思います。

 

さて今日はこちらの話題について少し思うことがあったので、お話させてください。

 

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確かに「愛夫家」という言葉は、耳に馴染んでませんし、社会にも浸透していないでしょう。でも、そもそも「愛妻家」って言葉自体にも耳に馴染ませたくないんですよね。

 

わざわざ、「夫や妻を愛している」人を、カテゴリ分けしなくてよくない?と思うんです。しかも記念日大好き日本人だから、言語化されたものを改めて考える機会を設けるんですよね。そんなに確認したい?

 

さらに思うのは、こうやって気持ちを持っている人をカテゴリ分けしてしまうことで、後々のプレッシャーになってしまう原因を作ってるんじゃないかなあと。「愛妻家」としてTVに出てた某芸人さんは、不倫で別居、離婚に繋がってますよね。もちろん不倫自体は許せるものではないですが、「愛妻家」のレッテルが張られるだけで、不倫という行為が通常よりも重いものになっているような気がしてならないのです。あえて言わなきゃよかったのにって。

 

まあ、まだ結婚してませんし、そんな匂いもしない私が言うのもなんですが、

「愛妻家」と外に向けて言われるのは正直嫌なんです。そして私も「愛夫家」なんて口に出したくないです。もちろんプレッシャーを感じるのもありますが、単純にそんなカテゴリでみたくないんですよね。なんとなくチープな気がして。

 

かといって、二人きりのときに改まって愛情表現されても「キモイ!」って思うタイプなので、相手の人には扱いにくさで、まっこと申し訳なしなんですが…

 

別に二人の間の愛情を、カテゴリ分けして、プレッシャーを感じながらひけらかす必要はない!と言いたいんです。自分らの中で、お互いの気持ちをきちんと分かり合ってれば万事OKじゃないですか?

 

なんかこういう変なカテゴリ分けがあるから、「女が優遇されてる」とか「男が生きやすい社会だ」とかいう感覚が世の中から抜けきってないのかなあとも思います。

 

 

追伸:ほんとは今日、「細身長身バンドマンにお願いしたいこと」を書く予定でしたが、ふと冷静になって辞めました。気持ち悪すぎて。でもやっぱり書きたいかもしれない。