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なごと

好きなものと猫とトイレ

教育現場を離れて教育現場を視る-プログラミング教育必修化篇-

皆さんこんばんは、クリスです。

トイレに行ってくると言えばいいものを、つい「おしっこ行ってくる」と言ってしまう私ですが、これでも、新卒ホヤホヤのときは先生をしておりました。採用試験には落ちました。

 

月日は流れ、ニートと社会人を往復する人生を歩んだ結果、先生とは全く異なるお仕事をさせていただいております。教員免許は飾りです。先生という仕事をやめた理由はもろもろあるんですが、話すと長くなるので別の機会があればお話ししたいと思います。

 

先生という仕事を離れはしましたが、ニュースで興味を持っていかれるのは教育関連のもの。先生の仕事に復帰したいとかは全くないんですが、いかに現場とお偉い方々との間で意識に違いがあるんだろうか、と思わない日はありません。

 

昨今、教育関連の動きは目まぐるしく、追うのもやっとではありますが、やはり目を引くのは

「2020年のプログラミング教育必修化」

ではないでしょうか?

 

小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ):文部科学省によると、

 

 プログラミング教育とは、子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育むことであり、コーディングを覚えることが目的ではない。

 

とのこと。気になるワード「プログラミング的思考」についても

 

自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力

 

との記載があります。

 

つまり、「目的達成のために、どうしてその動きが必要なのか考え、実践的に使う力を身につけさせる教育」と言えるのではないでしょうか?まあ、大事なことですよね。「どうして」「なぜ」をもとに、自分で納得のいく結果を、失敗と成功を繰り返しながら導き出す。大人になった今、本当に必要な力だなあと感じています。

 

でもこれを、あえて「プログラミング教育」という名のもと、必修化してまで学校教育でしなければならないのかと思うんです。

 

確かに、英語のコーディングを覚えたり、難しいプログラムを作れっていうことを言っているわけじゃないのは分かります。情報技術という誰にとっても身近なものを活用する理由も分かります。でもなぜ、名目つけて必修化までするのでしょうか?

 

理由なんて多分教育が進んでいる他の国がやってたとか、プログラミング人口が少ないとか挙げれば、案外安易なもののような気がしてなりません。

 

で、肝心の教育現場に落とすとなるとどうなるのでしょうか?

現にプログラミング教育と一番密接な情報の時間。そもそもパソコンのスペックが低いという問題が挙げられると思います。子どもにも分かりやすいプログラミングソフトを導入することで容量も圧迫されるでしょう。少なくとも故障中のパソコンが1台はあった気がします。そのうえ、各クラスパソコン室の使用はスケジューリングされていたり、譲り合ったりしないといけないため、自由には使えません。

 

プログラミング教育実践ガイド|学校教育分野|教育の情報化のなかで、具体的なプログラミング教育実践例も挙げられていますが、パソコンやタブレットありきで授業が進むので、お金のない学校現場はそもそも導入部分で躓くのではないかとすら思っています。補助はあるでしょうけど。

 

それから教える側のスキルの問題。私が教育現場で働いていた時もとある教育企業の方が情報の時間限定で講師として授業に入られていました。もちろん自分で授業をする先生もいましたが、思っている以上に教える側である先生の情報処理技術は低いです。

 

大学生時代、卒論でデータを収集し、表にまとめたり、スライドを作ったりするときに、「表現したいものは頭に浮かんでいるのに、どう動かせばいいか分からない」とエクセル、パワーポイントの操作に手間取る同級生が結構いたものです。それから、現場の諸先輩方も大ベテランになるほど、「こうしたい」というイメージはしっかり持っているのに、情報処理で具現化することができていませんでした。そんな人たちに「プログラミング」を教えなさいって言ってみてください。ハードル上げすぎて見えなくなってません?

 

まあまあ、教育現場の先生方がこういうのに疎いのは分かってますよ!と地方自治体も動くわけですね…。

 

大阪市:平成29年度小学校段階からのプログラミング教育の推進に当たり協力事業者を募集します。 (…>教育委員会事務局>入札・契約のお知らせ)

 

 ・授業づくりへの協力や教材・ソフトの提供、教員の研修等を、無償で実施できる民間事業者を募集します。

・プログラミング教育体験機会の充実を目指した出前授業や教材の貸し出し等の企画提案を募集します。

うわぁぁぁぁぁああああ!!!!!っという間に炎上した大阪市のプログラミング教育推進施策です。どんな慈善事業なの?無償て。

 

大阪市はちょっととんでもないとは思いますが、結局子どもたちの未来のために、社会全体で協力していこうぜっていう感じなんだとは思いますが…。プログラミングを教えるって難しいと思うんですよ!!それこそ、会社にこもって黙々とコーディングしてるような人たちに協力募って、「子どもに興味を持ってもらえる面白い素材提供して、あわよくば教えてよ」ってどんな無理ゲー案件だと思うんです。教育に携わる人間と、実際にプログラミングに携わる人間との間にも大きな溝がありますよね?埋まるんでしょうか?

 

ict-enews.net

 

このニュースを見て、「先生って本当に熱心だなあ」と思いました。私だったら、もし今も先生続けてたとしても、偉い人に行けって言われない限りセミナーいかないと思います。

 

 国語の作文にプログラミング的手法を取り入れた授業では、参加者から「これまでも使われてきた学習の手法で、プログラミングでは無いのでは」との指摘があった。確かに、教科の中でプログラミングを取り入れる場合で、特にアンプラグドでやろうとした場合、これまでの教え方・学び方との差別化が難しいこともあるかもしれない。しかし、これまでの学びの手順を「プログラミング」という視点で再構築してみたら、「プログラミング的な思考」を学ぶのに充分な授業構成になる、という可能性も念頭に置くべきだろう。

 

言ってることは何となく分かるんですよ。でも、あえてプログラミングと表現しなくてもいいんじゃないかなって思うんです。だって(できてたかは別として)これまでも使ってきた学習の手法なんだし。わざわざプログラミングという視点に落とし込まなくても…2度手間じゃんと思っちゃうわけです。

 

www.sankei.com

 

先生って、子どもにあーだこーだ勉強教えるだけじゃないんですよ。ほんとに。私は運よく保護者にも周りの先生にも恵まれ、のほほ~んと先生をしていましたが、学校のオープン化とか保護者からのご指摘とか、恐ろしいくらい本来すべき業務以外に時間と労力を費やさないといけない現状があるんですよ。それにくわえて、小学校段階からプログラミング、今回は触れてませんが英語の必修化。先生たちは教える準備をしつつ、他の事にも追われつつ、自分も新しい分野を修得しなければならない。どう考えてもキャパオーバーじゃないですか?

 

話が飛躍しすぎと思われるかもしれませんが、結局キャパオーバーしたしわ寄せって子どもに行くんですよね。だって、子どもは「こう」と言えば「こう」という具合に、先生の言うことを素直に聞いてくれるから。でも、内心納得いってないんですよ。子どもを育てる場所である教育の場が、子どもにストレスをためる場になっているような気がしています。別にそれは先生のせいではありませんが。でもこれを放っておくと、いじめ等の取り返しのつかない問題につながると思っています。プログラミング的思考が身についたとして、人としてやっちゃいかんことをする子を育てる環境は、理想的な教育の場ではないと思います。

 

確かにプログラミングも英語も身につけといて損はありません。これからの社会、必要とされるスキルであり人財でもあります。

 

でも、子どもが興味を持ったら、ではダメなんですかね?もしくは、興味を持つかもしれないから選択制の授業にするとか。教育現場で「必修」として強制化することに意味があるのでしょうか?先生、がんばれー。ほどほどに~。