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なごと

好きなものと猫とトイレ

緻密じゃない緻密さが詰まった『ACCA13区監察課』

もうあと1日で3月も終わります。つまり、今期のアニメが終わりを迎える寂しい時期ということです。

とにかく、今期も充実のラインナップだったので、ハードディスクがパンパンです。

 

今期のアニメを少しずつ振り返ろうかと思ったのですが、たぶん、4月からは4月からで新しく始まるものに目移りするので、今日はとにかくお気に入りの1作品を。ちょうど終わりを迎えた今日というタイミングでご紹介させてください。

 


TVアニメ『ACCA13区監察課』番宣CM15秒


 

昨年の予告時点で気になりすぎてた『ACCA13区監察課』

まず、絵のタッチがどストライク。しかも色づかいも好きで、ストーリーとか抜きに「絶対観るアニメ」に入れました。

 

そして、私の中で満を持して始まったACCAですが、「難しい!」が率直な感想でした。原作もWEBサイトも見ずに入門したので、初期設定の把握もできていない状態で見るACCAは視聴者を置きざりに、大きな盛り上がりもなく淡々と進むアニメのように見えました。酷い言いよう…。

 

そこから、ACCAの猛勉強を始め、アニメの設定を「そういうことね」のラインまで理解を深めていきました。もう1話1話何回ずつ観たか分からないくらいリピート再生しました。

 

決して大きな盛り上がりはないアニメです。ただ最終回に向けての周到な準備が1話1話に秘められていて、少しずつパズルのピースをあてはめていくような楽しさのある作品でした。

 

なにより、登場人物一人ひとりの個性がいい。けだるさとやさしさのギャップが溢れる主人公のジーン。あと私服が首元ゆるいの素敵でした。色気スゴイ。ジーンの悪友ニーノも、スタイリッシュの権化かよって言いたくなるくらいかっこよくて、あんな人現実にいたら惚れると思いました。

 

それから、お菓子テロが凄かった。ACCAのあるドーワー王国の住民は甘いものが大好き!という設定があり、とにかく毎回おいしそうなお菓子がたくさん出てくるんです。ハチクマのロールケーキにムギマキのいろんな味の食パン。もう、食べたくて食べたくて、こちらの世界で出店しないかなと願っています。

 

そして、このアニメを観るきっかけとなった絵のタッチと色づかい。作品中、主人公のジーンはドーワーの各区に出張で出向くのですが、各区の特徴を背景が象徴しているように感じました。また、あえてそれを意図して作り込んでいると思わざるをえない水彩画のような柔らかさを感じる背景には、アニメーターさんの粋様をヒシヒシと感じました。緻密じゃないように見せかけて、緻密さが詰まりすぎてる。

 

studio-pablo.com

この背景は手元に残しておきたい…という仲間が大勢いたのでしょうか。うれしいことに背景美術画集の発売も決まったようです。買う。

 

決して、分かりやすいストーリーではないと思います。ありとあらゆる人や場所、感情が絡み合っているので。パズルをあてはめるといいましたが、どちらかと言えば、絡まった糸をゆっくりほどいていくような作品かもしれません。

 

最後に、原作もとても良いです。

ACCA13区監察課 1巻 (デジタル版ビッグガンガンコミックスSUPER)

ACCA13区監察課 1巻 (デジタル版ビッグガンガンコミックスSUPER)

アニメではおそらく入れたくても入れられなかったような細かい設定まで描かれていて、アニメと往復しながら見ると、「なるほどね~」が増えてより一層楽しめると思います。

 

かっこよさに痺れまくった3ヵ月でした。『ACCA13区監察課』ありがとう。寂しいです。

 

エアギターをしてるところを親に見られたことある?

私はあります。

 

ある休日の昼間。私は、和室でエアギターをギャンギャンかき鳴らしていました。

 

密閉されたヘッドフォン・爆音・好きな音楽・誰もいない家。

エアギターをするには最適すぎる環境。

 

もちろん玄関のドアが開く音なんて聞こえやしません。

私は、今ステージに立っているのだから。

 

ふとギターが休みになった瞬間、後ろを振り向くと

そこにニヤついた母がいました。

 

エアギターは、自室にこもってしよう。

そう、心に決めました。

 

みなさんもエアギターをする場所選びは慎重に。

 

 

Ibanez アイバニーズ エレキギター RG421EX-BKF

茅の舎だし、それだけで

久原本家 茅乃舎だし 8g×30袋

もらってうれしい、つかっておいしい「茅の舎だし」

ご存知ですよね?

え?ご存知でない?

 

これを使えば、和食の味がいつもよりおいしく感じると話題の「茅の舎だし」をご存知でない?

法事の返礼品がこれだと、テンションぶちあがると話題の「茅の舎だし」をご存知でない?

明太子・ひよこ・博多通りもん数ある福岡土産の中でも通な感じを醸しだせると話題の「茅の舎だし」をご存知でない?

 

もったいないので、今日ここで必ず覚えてほしいです。別にステマじゃねえよ。

 

なぜ、今日唐突に「茅の舎だし」を紹介したくなったかというと、つかったからです。

 

定番のお味噌汁は間違いなくうまくなるし、肉じゃがもだしとみりんのみで上品な仕上がりになる最高なおだし。

正直、福岡の人だってがばがば湯水のように使えるおだしではないんです。スーパーで売ってるやつに比べると割高なので。だから福岡の人でも贈ると喜んでくれる特別な一品なんです。

そんな特別な一品を、いつもらったのか、うちの父が隠しており、しかも賞味期限を切らすという失態をおかしていたのです。福岡の恥さらし!

 

慌てて春菊あえにつかったら

「和食の優しさってこれやん…」感がすごい。

 

レンチンした春菊にふりかけて、あえただけ。どんなズボラもミスしない安心クッキング。なのに、ひと手間もふた手間もかけたような、優しくも奥深い味が口に広がるんです。賞味期限3ヵ月切れてるのにうまい…。

 

あと、定番のあごだしベースのおだしはもちろんですが、

茅乃舎 野菜だし 8g×24袋

野菜だしシリーズもおススメ。これでポトフ作ると、自分が料理うまくなったと勘違いできる。

そんな茅乃舎の店舗に足を運ぶと、試飲がはかどりまくります。で、買うものを絞れず帰るという行為を何度かしたことがあります。ごめんなさい。美味しすぎるから。

 

あとドレッシングも美味しいんです~~!!!サラダに高級感が宿るんです~~!!

 

もうあと1ヵ月もたてばゴールデンウィーク

福岡に来る人も、福岡から地元に帰る人も、お土産は茅の舎だし。そしてうちに泊まりくるときは茅の舎だしを献上してください。

 

私と3月20日

先週の話を今さらします。3月20日の話を。

大好きだった祖母の法事で、久しぶりに家族全員がそろいました。法事といっても、家族だけで済ませる簡易なものだったので、特に何をするでもなく、テレビをダラダラと見るみたいな、何の変哲もない休日。

 

ダラダラとみていたテレビから流れてくる音声とテロップに、驚きました。

22年前の3月20日は、歴史の教科書にも当たり前のように載っている「地下鉄サリン事件」が起こった日でした。

 

そして、12年前の3月20日。私の住む福岡を大きな揺れが襲った福岡県西方沖地震の日でもありました。

テレビで「福岡県西方沖地震から12年たちました」と流れてこなければ、思い出せないくらいの出来事になってしまっていることにはっとしました。自分も揺れを経験したのに、十数年で風化してしまっているという事実に。

 

なんで風化してしまったのか。ちょっと考えてみたらすんなり答えが出ました。

その瞬間を家族と一緒に迎えたからなんです。

当時中学生だった私は、揺れた瞬間すぐに家族の顔と姿を確認しました。冷静な妹は揺れが収まってすぐにドアを開けたことも覚えています。恐怖を感じたその瞬間に、そこに家族がいること。もちろん、被害らしい被害がなかったこともありますが、その絶大な安心があったから、自分の中で一大事として処理されないまま今に至ってるんだなと。

対照的に、2016年4月に発生した熊本地震。福岡も揺れました。その日は愛猫ひなちゃんと二人。お風呂につかっているときの大きな揺れ。とにかく怖くて、何を思ったか濡れたまま真っ裸でひなちゃんを抱きかかえていました。家族とはいえ、私よりも弱い彼女と迎える余震続く夜は不安でいっぱいでした。

 

恐怖を感じるとき、その場に大切な人がいること。この事実がこんなにも自分の記憶に影響するなんて当時の私は思ってもいなかったでしょう。

そういうことを考えていたら、久しぶりにそろった家族の顔をふと見て、なんだかホッとしました。

 

もちろん教訓として忘れちゃいけないことだとは思うんです。でも記憶から薄まるくらい、安心できる人との関係がそこにはあったんだなと思うと、幸せなことだとも思ってしまって。不謹慎と言われるかもしれませんが。

 

ちなみに不謹慎ついでに言うと、福岡西方沖地震の大きめの余震があった日、私は学校の健康診断用に尿を採取していました。


PeePoleⅡ

そう、ピーポールで。

大きめの揺れを感じる中で、再検査だけは避けたくて、手元が狂いながらもピーポールの穴に照準を定めたものです。トイレのドアを解放したまま。

 

冷静沈着な妹がいまだにこの検尿の話だけは笑って話すので、姉としていい仕事をしたなとも思うのです。え?

教育現場を離れて教育現場を視る-道徳の教科化篇-

戦後、なんだかんだで見送られてきた「道徳」の授業の「教科化」。いじめ問題の深刻化など、子どもを取り巻く環境の変化からついに踏み込まれてしまいました。

 

もちろん道徳の授業で考えられる最低限の道徳的な心や倫理観はあるだろうし、何か問題を抱えた子どもを見つけるための手段にもなるとは思っています。でも、教科書を使って、評価されるものではないと強く思うのです。しかも使用される教科書が

www.nikkei.com

こんな、凝り固まって偏ったものならなおさら。

 

私は子どものころ、道徳の時間が嫌いでした。教師になって最も悩んだのも道徳の時間でした。良く分からない事例ののった教材本から、「おりこう」な道徳観を読み取って共有し合わないといけないのか、理解できなかったからです。もっと、ぶっ飛んだ考えをぶち込んでくれたほうが、真剣に向き合えると思うのに、学校、学級という狭い社会はそれを許してくれない、そんな気がしていました。

 

パン屋では国や郷土を愛する態度を養えないと和菓子屋に変えられた教科書なんかより、目の前にいる子どもたちに適した教材は日常に溢れていると思います。また、学校という場を飛び出してみて初めて見えるものもたくさんあると思います。

道徳的な心は、学校の中でだけで育つものではない。そう思うのです。

 

「私、道徳の時間苦手なんです」

と、ある女の子がいいました。なぜ?と聞くと「なんだか、自分が間違っているような気がするから」と答えたのです。具体的に何がっていうわけではないけれども、子どもながらに、道徳の授業に「正解」とされる何かがあるのを感じ取っているようでした。

 

子どもは大人が思っているよりはるかに賢いし、大人なんです。

育ってきた環境が異なるから道徳的な価値観や考え方に違いがあるのは当たり前。それを知る、認める、受け止める方法を、子ども自身が見つけていくのを手助けするのが本来あるべき道徳教育だと思います。でも結局「正解」らしきものに導かれ、自分の心に芽生えた違和感をぐっとこらえている子どもがいるんです。

「教科」ではなかったこれまでですら、このように感じている子どもがいるのに、評価される「教科」となったときに、学習指導要領で求められるような子どもが育つのか、疑問しかありません。

 

学習指導要領や教科書というレールにのった教科としての道徳で子どもたちは、本当に道徳を学べるのでしょうか?

道徳科の評価の具体的な在り方については,平成27年度に文部科学省において,
・ 数値による評価ではなく,記述式であること。
・ 他の児童との比較による相対評価ではなく,児童生徒がいかに成長したかを積極的に受け止め,励ます個人内評価として行うこと。
・ 他の児童生徒と比較して優劣を決めるような評価はなじまないことに留意する必要があること。
・ 個々の内容項目ごとではなく,大くくりなまとまりを踏まえた評価を行うこと。
発達障害等の児童についての配慮すべき観点等を学校や教員間で共有すること。
・ 現在の指導要録の書式における「総合的な学習の時間の記録」,「特別活動の記録」,「行動の記録」及び「総合所見及び指導上参考となる諸事項」などの既存の欄も含めて,その在り方を総合的に見直すこと。
を前提に専門的に検討を行い,教師用指導資料の作成や指導要録の改正を行うこととしている。
各学校においては,これらに基づき適切に評価を行うことが求められる。

※小学校学習指導要領解説特別の教科 道徳編 第5章 道徳科の評価  第2節 道徳性の理解と評価 2 道徳科に関する評価より引用

 

数値でなく記述式、個人の成長を踏まえた評価だとしても、「いかに成長したか」について、担任教師のフィルターを通すことに変わりはないんです。人の道徳的な心やその成長を人が評価する時代。正直怖いなって思います。

 

「道徳」の「教科化」が与える、子どもと先生への見えないプレッシャー。どこかで爆発しないといいなと思うのです。実際に子どもと先生双方の考えを聞いてみたいな。